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「鼓童ワン・アース・ツアー2016~螺旋」代表・船橋裕一郎氏、坂本雅幸氏にインタビュー<後編>

2016/10/25 06:21

2016.10 取材:記事・写真/RanRan Entertainment

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坂本雅幸氏    船橋裕一郎氏

<後編>「違う形で盛り上がりや楽しさを求めないといけない」

――完成度の高い舞台を作るために、やはり稽古は厳しいですか?

坂本:そういった意味では厳しいですね。自分たちが思いも寄らないところですごく敏感に「あの音どこにいったんだい?」と言われて「え?どの音だろ?(汗)」と戸惑うこともしばしばあります(笑)。でも、よく言われることは「時間と労力をかけないといい作品は作れない」と。前作の『混沌』や『永遠』、『神秘』といった一年がかりで構想を練って作り上げ、別のツアーも廻りながら寝かしていたものを稽古したりなど、作品に時間を掛けられる環境を作ってくださったのが玉三郎さんでした。昔だと2週間前くらいに稽古を詰め込んでツアーに出発していたのですが、玉三郎さんが入られてからは、“新しいことに挑戦して、それを寝かせることでまた熟成させる”稽古をするようになりました。

毎回言うことが変わるわけではないのですが(笑)、「この間こう言っていたのに今日は違う。思いつきで言っているのかな?」と思って話を聞くと、やはりもっと深い部分を気にされていたりするんです。やはりそこにはブレがない。だから、出来上がった作品を観ると、ちゃんと一本筋が通っているものになるんです。

船橋:何回か言われて元に戻ることもよくあるんですけど(笑)。「一周したね、ニ周したね」とか(笑)。でも「今日は一音が違う」とか「そこまで大きくしないで」という拘りは全体を通した時に、そこに行きつくために必要な計算なのか、感性なのかなと。終わってみると僕らも「結果的にいいものを作りたいからなんだな、なるほど」と腑に落ちるんです。

坂本:厳しいなと思ったのは…。公演では曲ごとにメンバーの中で“押しの一手”というものがあるのですが。例えば、担いでいる太鼓なら最後に両面で派手なシーンを見せるとか、大太鼓なら同じフレーズを繰り返すことで最高潮に盛り上げ、拍手を浴びる―といった決め手があるのですが、安易にそれにいくと玉三郎さんに「安全圏にいくことはやめてもらえないか」と言われるんです(笑)。自分たちの中では、それが一番の見せ場だと思ってやっているのですが「安全なところにいっているように見えるからやめてほしい」と(苦笑)。中々やらせてもらえないという厳しさはありますね(笑)。

船橋:前作が良かったとしても、「そのことは一回忘れて次の新しいものを作りましょう」となるんです。僕らは前回の成功体験で、またそこにいこうとするんですけど、「そこじゃない」って言われて(苦笑)。「次の違う形の盛り上がりや楽しさを求めないとダメよ」と言われます。

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――劇場公演のほか、小中高校生との交流を目的とした交流学校公演や、ワールドミュージック、クラッシック、ジャズ、ロック、ダンスなど様々なジャンルの優れたアーティストとの共演、世界の主要な国際芸術祭や映画音楽への参加など、多彩な活動を行っていますが、これまでの公演で印象的だったものは?

船橋:国でいうとトルコやイスラエルに行って公演できたことですね。その土地に行ってみないとわからないことも多いなと感じました。お客様は太鼓の音で、どこに行っても喜んでくれて、その感動は常にあります。共演で言うと、「アース・セレブレーション」という海外ゲストを招いて行う野外フェスティバルで、イランの伝統音楽を家族でやっている方たちとコラボしたのですが、自分たちが受け継いできた音楽をすごく愛している方たちとの共演はすごく感動しましたね。

――イランの伝統楽器とは?また、海外の方たちとの共演はいかがでしたか?

船橋:日本でいえば琴や尺八のような楽器で演奏します。シルクロードで日本に伝わってきた楽器は中近東から発生したものが多く、共通するものも多い。共通している楽器がこういった変遷を辿ってきたのだろうなと思いました。大元の音楽の人たちと出会えて、自分たちが扱う楽器に対する思いもまた変わってきたので、海外の方との出会いも大きいなと感じました。また、日本の伝統舞踊の方たちと共演することもあり、同じ国でも同じ感性もあれば違う感性もあるなと感じました。やはり鼓童にいるから、いろんな方と出会えて、色んな国に行けるのだなと思いますね。

――坂本さんはいかがですか?印象的だった公演といえば?

坂本:海外の有名な劇場、例えばドイツのベルリンフィル・ハーモニーホールでの単独公演や玉三郎さんの演出で『打男』公演を1週間くらいパリのシャトレ座で行い、熱狂的な反響をいただいたことが印象深いですね。僕らが新人の頃、大太鼓の居残り練習で玉三郎さんに稽古をつけていただいたのですが、この人数で何かひとつ公演できるのではと作られたのが『打男』公演なんです。男7人で1時間30分、ずっと太鼓を叩きまくるパワー溢れる演奏なのですが、初公演(日本)の初日を迎えたときはドキドキで、終わってみたら「何かすごく楽しかった!」という充実感がありました。それをまた華やかなパリで再演できて、熱狂的な反響をいただいたことが記憶に残っていますね。

船橋:パリにある歌劇場のガルニエ宮(オペラ座)で、バレエ作品に演奏隊として参加したこともありますが、「こんな素敵な所で僕たちが演奏できるなんて!」と天井画を見て感動しながら演奏したことを覚えています。バレエダンサーが上で踊り、僕たちはオケピ(オーケストラ・ピット)の中で演奏したり、日本でも改装前の歌舞伎座で演奏する機会があったりと、素晴らしい劇場で演奏することができて嬉しかったですね。

――お二人にとって和太鼓との最初の出会いは?船橋さんは考古学を専攻されていたとか?

船橋:学生時代に考古学をやりたくて大学へ進学したのですが、友達に「今度、太鼓の授業をクラブでするんだけど、そのメンバーで参加してみない?」と誘われて、「太鼓?じゃあ行ってみるか」と軽い感じで参加したら、一発目の音で「なんだ?これは!」という衝撃を受けて、それから太鼓に熱中するようになったんです。歴史が好きで勉強していたのですが、太鼓の方が好きになってプロでやっている人もいるとその時知り、どうせやるなら本格的にやってみようかなという思いでここまできました。あの時に感じた太鼓の音の衝撃を今でも忘れないようにしたいと思っていますね。

――今度は船橋さんの太鼓の音を聴いて若い方にも衝撃を受けてほしいですね。

船橋:受けてもらえるように頑張ります!(笑)

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――坂本さんはプロのドラマーを目指されていたとか?

坂本:そうなんです。ドラマーになりたくて。小学校56年生の時、偶然にも親戚のおじさんがドラムをやっていたんですね。その人が地元の和太鼓グループに参加していて、「ドラムがやりたいなら太鼓もやってみれば?」と勧めてくれて練習場所に連れて行ってもらったのが初めでした。周りは全員大人ばっかりの中、部屋の隅の方で見ていました(笑)。高校生になってもドラムをやりたかったんですけど、太鼓も続けていました。元々邦楽には興味がなく、日本の伝統芸能にも古臭い印象を持っていたんですが、高校生の時に地元に来た鼓童を観て、「なんだ?この伝統芸能だけどスタイリッシュな集団は!」と衝撃を受けて鼓童に入る決心をしたんです。

――この間の演目でもドラムを叩かれたとか?違和感などはありませんでしたか?

坂本:僕はどちらもやっていたので違和感はなかったのですが、メンバーから言わせると「スティックが細くてどう扱っていいかわからないし、打ち込み方も違う」と。太鼓は打ち込みますが、ドラムは弾くようにしないと音がでなかったりするんですね。でも、みんな太鼓打ちなので、めちゃくちゃパワーがありました(笑)。こんなにドラム叩いたことがないというくらい叩きましたね(笑)。まさかそんな形で夢が叶うとは思ってもみませんでした(笑)。

――何でもありですね。他の楽器とのコラボという意味では。

船橋:そうですね。比較的そこは違和感なく何でも取り入れてやる方が、自分たちの太鼓という楽器も深く知ることになるし、いろんな音を入れると面白いんですね。可能性が広がるので、柔軟にどの楽器でも思いがあれば一緒かなと。和太鼓だけに捉われる必要はないかなと思いますね。

――完璧さを極めるために毎日、どのくらい練習されるのでしょうか?

船橋:みなさんがお仕事されている時間と同じくらいです。これが仕事なので(笑)。

坂本:残業したり(笑)。

船橋:全体の稽古は確かめたり、新作を作る時間になったりするので、それを修得するために自分の時間で練習しなければいけないので、夜中までみんなバンバン叩いて練習していますね。ツアー中はあまり稽古しなくて佐渡にいる時に練習をしています。

――大変だったことや苦労されたことは?

船橋:その時その時でいつも大変なんですけど、達成感があるので。九十何パーセントは苦しいことが多いかなと思いますが、数パーセントはお客様からの拍手と歓声をいただいた時に全部忘れて、「やっぱりやってよかったよね!」となって、それまでの苦労が救われる気持ちになるんですね。体力もいりますが、気持ちを常に前向きに持続していくこと、続けていくことが大事だと思いますね。

坂本:締切りや上手く出来ないことなど、結構ノイローゼになるくらいの産みの苦しみというのがあって(笑)本番が始まるまで緊張感と不安に苛まれ…(笑)。でも始まってしまうと割と楽しくできて、終わってしまえばもう次を見ているみたいな感じになるんです。やはり満足感、達成感の方が大きいのだと思います。

――太鼓を続けていてよかったと思う点や太鼓の魅力とは?

船橋:やはり色んな所にいけることですね。アメリカツアーといっても、日本人が誰も行かないような田舎やトルコの遺跡とか、本当にいろんな場所に行きます。太鼓のような音楽は言葉ではないのですぐにわかり合えるので、そこはすごく良いですね。美味しいものも食べられますし(笑)。また、いろんなアーティストの方にも出会えたり、何年ぶりかに訪れた場所でも覚えていて観に来てくださる方もいらっしゃったり、この仕事をやっていたからこその喜びだと思いますね。

坂本:本当にたくさんの人に出会えることがいいですね。太鼓というものは奥深く何処までも追及できるし、のめり込めるものが自分の中にあるというのが太鼓に携われて良かったなと思うことです。和太鼓は日本の文化だから、こうやって世界へ行けるわけですし、自分の中でも境目をどんどん取っ払っていきたいなと思っています。

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――最後にこの公演の見どころをお願いします。

船橋: 35周年の集大成になっていますし、太鼓の可能性がまだまだあるなと自分たちでも気づきはじめているところです。その途中の段階をお見せ出来ると思います。太鼓は体全体で感じて、細胞や心を刺激されて活性化しますし、鼓童の歴史や太鼓の魅力もたくさん観られると思います。是非それを体感して頂ければと思います。

坂本:和太鼓というのは伝統楽器でもあるし、鼓童も佐渡に拠点があってどちらかというと土臭いグループだと思いますが、外から観ても舞台がすごく洗練されているなという印象があり、同じ演目をやってもスマートに感じる、心に響く内容になっていると思いますのでそういった部分も是非観て頂きたいなと思います。

 

前編http://ranran-entame.com/music/42789.html

 

<公演概要>

■「鼓童ワン・アース・ツアー2016~螺旋」

20161217日(土)18日(日)@NHK大阪ホール

923日(金)チケット発売

■「鼓童ワン・アース・ツアー2016~螺旋」千穐楽

20161221日(水)~25日(日)@東京都文京区 文京シビックホール

詳細は公式HPまで http://www.kodo.or.jp/news/20160900oet_ja.html 

 【プロフィール】

太鼓芸能集団鼓童代表 船橋 裕一郎(ふなばし・ゆういちろう)
197459日生まれ。神奈川県中郡二宮町出身。

考古学を専攻していた学生時代に太鼓に出会う。1998年に研修所入所。2001年よりメンバーとして舞台に参加、太鼓、鳴り物、唄などを担当する。これまでに国際芸術祭「アース・セレブレーション」城山コンサートや、「P.P.C」「五衆」など小編成公演の企画演出、「BURNING」などの作曲も行う。交流学校公演、海外での共演など様々な分野を牽引。落語やプロレス観戦など様々な趣味を持ち、柔らかな口調と人情味溢れる人柄でメンバーの頼れる相談役。また20124月より4年間、鼓童の副代表に就任。20161月より鼓童代表に就任し、鼓童全体を率いる。

坂本雅幸(さかもと・まさゆき)
198481日生まれ。岡山県久米町(現津山市)出身。

2003年研修所に入所、2006年よりメンバー。主に太鼓を担当、ソロやセンターポジションを務める。国内外での公演はもとより、様々なアーティストとの共演・外部演出作品などに数多く出演し、アンサンブルの要として舞台をリードする。力強さと繊細さを兼ね備え、さまざまな演目をしなやかに打ちこなしてゆく鼓童の中心的奏者。自身監修の調律桶太鼓「奏」が「2015年度グッドデザイン賞」を受賞。

 

 

 

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