取材:記事・写真/RanRanEntertainment
中村倫也が主演する映画『人数の町』が9月4日より公開される。同作は、第1回木下グループ新人監督賞・準グランプリを受賞した、荒木伸二監督によるミステリー作品。借金で首が回らなくなった蒼山(中村)が、出入りは自由だが、決して離れることはできない“町”に連れてこられ、そこで出会った紅子(石橋静河)とともに、“町”の謎に迫る。本作が初長編映画作品となる荒木監督に、本作への思いを聞いた。
――本作のストーリーはどんな発想から生まれたのですか?
そもそも、この作品は賞への応募のために書いた作品だったので、自分として自信のあるテーマで、なおかつ応募作品の中でも際立つ、毛色の違うものを書こうというのが前提としてありました。今、日本映画は観た人に強い共感を得ようとする作品が多いように思いますが、それだけでは新しいものができない。世界に対するアンチテーゼでもあり、日本映画全体に対するアンチテーゼにもなる作品を、今の時代、新しいと感じてもらえるのではないかと思って企画して脚本を書きました。
――発想自体は以前からあったものなのですか?
そうですね。僕は普段から思い立ったことをノートに書き溜めていて、その中にこの作品の元となるものは書いてありました。でも、そのメモは「東京からどんどん人がいなくなっている。どこかに連れて行かれて何かに利用されている」みたいな感じのものでした。そこから発想を膨らませていったんです。
――「人数」という点に着目したのはどんな発想からだったのですか?
「人数」が怖いという漠然とした思いは小さい頃からあったんです。確か、関西の小学校だったと思うのですが子供を名前でなく番号で呼ぶことにしていた学校があって、生徒の一人が名前で呼んで欲しいとそれに反抗したというニュースを見て、自分も小学生だったので、怖いな、自分なら反抗するかな、どうかな、とか思ったのをよく覚えています。人間が「人数」に変わる瞬間、感覚的に怖いんですよね。最初は、ファシズム的なものに対する怖さなのかなと思っていたのですが、本作の脚本を書き進めて、紐解いていった今は、自分が怖いのは、ファシズムというよりはポピュリズムの怖さなのかなと思うようになっています。
――SFやファンタジー的な要素もありつつ、妙にリアリティを感じさせるシーンも随所に見られました。ファンタジーとリアルのバランスは意識して描かれたんですか?
大事なポイントです。とにかく、リアリズム。今生きている現実のこの世界と地続きのどこかで行われている出来事として描くという大前提がまずありました。このビルの下のその道をまっすぐ歩いて行ったら、あの町に着くというような。
撮影が終わった頃に、この映画の中で描かれているのと似たようなことがいくつかニュースで報道されました。例えば秋葉原駅前の政党サポーターのこととか。え、リアリズムなだけで、ドキュメンタリーではなかっのになあと。ちょっと、背筋が凍りましたね(笑)。
――今回、長編作品は初めて監督されたということですが、実際に撮影現場を経験されていかがでしたか?
長編だけでなく、短編もそれほど撮ったことがあるわけではないんですよ。だから、役者さんたちに演出をつけて、それを“生け捕る”という監督業はすべて初めてで…多分、現場ではおかしなことばかりしていたと思います(笑)。周りはそんな僕を見て面白がってたんじゃないですか、きっと(笑)僕自身はとてつもなく新しい体験の連続で興奮しっぱなしでした。初めて脚本の読み合わせをしたときに、「新しい映画を撮りたいんです!」と青臭いことを言ってしまったのですが、後で黒田役の草野イニさんが「監督がそう言うならついていこうと思ったよ」と言ってくれました。とても嬉しかったです。映画を撮るってすごい一体感なんです。
――監督業の一番の魅力は、その一体感にあると感じた?
もちろんそれもあります。それから、僕は、シナリオで賞を取って映画を撮りたいという思いでシナリオを書いていたので、仕事相手はパソコンとワープロソフトだけだったわけです(笑)。それが、生の人間たちと向き合いながら、自分の書いたテキストが立体化して映像化して、自分の目の前で演技として立ち上がっていく瞬間がとにかく面白かった。僕は本来、監督としてカット割りを指示しなければいけないのに、そこまで頭が回らずに、ただただ「すごかったな」って感動していました(笑)。でも、もしかしたら自分の脚本でなかったら、役者さんたちのお芝居をもっと冷静に見れたのかもしれません。自分の部屋で、時間を見つけて書き続けて、何度も書き直してやっと出来上がった作品なので、それがワッと立ち上がった瞬間はすごいものがあったんですよ。企画をするのも楽しいし、脚本を書くのも楽しいし、出来上がった映像を編集するのも楽しいし、映画を作るあらゆる過程が楽しかったですが、ただ打ち込んであるだけの文章が役者さんたちによって形になる瞬間が、本当に驚きで面白かったです。役者さんにも恵まれたと思います。
――ところで、配役は、脚本を書いている段階から考えていたのですか?
いえ、考えてしまうと、その方のイメージに引っ張られてしまうと思ったので、誰のこともイメージせず、あくまでも一人のキャラクターとして書きました。
――なるほど。では、主演の中村さんはどこに魅力を感じてオファーされたのですか?
新しい映画にしたいという思いがあったので、新しい風を運んでくれる人にお願いしたいと思っていました。実は、キャスティングをした当時は、まだ中村さんが今の大ブレイクを果たす前だったんです。(テレビ東京系で放送されたドラマ)『100万円の女たち』や(テレビ朝日系のドラマ)『ホリデイラブ』、映画『孤狼の血』など強烈なキャラクターの主役でない役を演じられているのを観て、中村さんに今、主役を演じてもらうことで全く新しいものができるのではないかと率直に思ってお願いしました。
――ヒロインの石橋さんはいかがですか?
中村さん同様、新しさというのはあります。新人とかそういう意味じゃなくて、これまでにいなかったタイプというか。それから、バレエということもあるのでしょうが、彼女は全身で表現ができる方なので、映画全体のルックを作ってくれるのではないかと思いました。中村さんとの組み合わせでいうと、どちらも声での演技が素晴らしく、発散させる以上に抑制を分かっている。すごい組み合わせになるんじゃないかと、始まる前からワクワクしていました。
――実際に現場で二人の演技を見てどんなことを感じましたか?
まず、それぞれバラバラに撮りました。中村さんは水みたいな感じ。石橋さんは火みたいな感じ。そう思いました。演技の作り方が違って面白いなと感じました。もしかしたらそれは役に起因することで、ふたりの演技の方法論が全く違うわけではないのかもしれません。中村さんを水っていうのはもっというと流れる水っていう感じで、計算され尽くした水路を正確に美しく流れるんですよね、これがまた何度やってもなんです。火とはいいましたが、現場では圧、って思いましたね。最初、紅子の部屋のシーンだったんですけど、もうなんか石橋さんから出る圧が強過ぎてスタッフみんな押しつぶされそうな(笑)。
――緑役の立花恵理さんも素晴らしい演技を見せていますね。
彼女はオーディションのような形でお会いしてから選ばせていただいたのですが、存在感が強くて、なかなか日本にはあまりいないタイプですよね。彼女も映画の仕事が初めてということでしたが、本番に強くて、堂々としているんです。モデルをしているということもあるのかもしれませんが、本番になると妙にしっかりする。すごいな、って思いました。
中村さん、石橋さんときて、3人目の役に、映画的には新人の、そんなに知名度があるわけでもない立花さん、というのはとてもいいと思いました。有名な人ばかりになるとリアリティーが減る気がして、正直、嫌なんです。今回の映画のポスターのタイトルの「人数の町」のロゴの上に「Tomoya Nakamura in」とちょっと懐かしいハリウッド映画風の主演を押し出すしつらえをしていただいているのですが、それでいうと立花さんは、「Introducing Eri Tachibana」ですよね。
――「人数の町」の舞台となった施設も印象的でした。
スタッフの方が頑張って探してくれました。実は、実際に町のようなものを造ろうとして失敗したのがあの建物群だそうです。バブルが弾けてしまって、途中で頓挫してしまったようで、明らかに造りかけで工事がストップしたのがわかるんですよ。これは面白いと興奮しました。物語の序盤で、町にやってきた人たちが首の後ろにチップを埋められるシーンがあるんですが、あのシーンを撮影した場所は、僕自身がほぼ思い描いた通りの場所でした。スタッフには感謝しかありません。
ただ、廃屋だったということもあって、ホコリだったり、菌だったりが舞い散りやすい環境だったので、スタッフさんも役者さんたちも大変だったと思います。中村さんは動物に詳しいから「あそこにコウモリの死体があったけど、あれは危険な種類なので気をつけた方がいいですよ」とかアドバイスしてくれました(笑)。
――改めて、本作に込めた想いを教えてください。
何か新しい冒険をしようかなとか、新しいものを観て見たいなとか、体験したことがないものを体験したいと思っている方に観ていただけると、きっと気に入っていただけるのではないかと思います。僕は、映画はそういう新しい体験をするものだと思っていますし、そういう体験をしてもらいたいと思って作りました。決して分かりやすい結論が得られる作品ではないので、もしかしたら「なにこれ?」って思われてしまうかもしれませんが…(苦笑)。
社会や世界に対しての考えやアンチテーゼを表明している中で、「絶対にこうだ」と決めつけてしまうのは、僕は面白くないと思っているんです。だから、いい意味で、決め切れない感じとか、「え、何だったの?」という感覚がある映画になっていると思うので、そのまま受け取っていただけると嬉しいです。単純に「よかったよかった」とは思えない映画かもしれません。感じたことを是非そのまま受け取って、考えて欲しいです。いや、これも言い過ぎだな。自由に楽しんでください。
映画『人数の町』は9月4日(金)より、新宿武蔵野館ほかで全国ロードショー。
(文:嶋田真己/写真:ランラン編集部)