取材:記事・写真/RanRanEntertainment
森田剛という役者はその役の空気を纏うのが抜群に上手い。11月10日、東京芸術劇場プレイハウスで行われた主演舞台『すべての四月のために』の公開ゲネプロで、改めてその天性の才能にうならされた。舞台『焼肉ドラゴン』で作・演出を務め演劇賞を総舐めにし、映画『月はどっちに出ている』『愛を乞うひと』で数々の賞に輝いた、鄭義信監督との初タッグ作品となる。
物語は第二次世界大戦時の朝鮮半島近くに浮かぶ日本植民地の島で理髪店を営む朝鮮人の家族とそれを取り巻く人々や当時の日本人軍人たちを描いている。ただ、鄭監督が「僕が描こうとしているのは、歴史の波の中で翻弄されながらも、必死で生きようとする、ささやかな家族」と語るように、歴史に残るように大きな事件が起こるわけではない。舞台は戦時中だが、それはささやかな家族を舞台で描くためのスパイスにすぎない。多くの映画やドラマではストーリーをわかりやすくそしてインパクトをつけるために主人公や主人公を取り巻く人々の感情をシンプリファイ(単純化)していることが多い。しかし実際の人間の感情というのは、もっと複雑で、たやすく流されやすく、また意固地にもなりやすい。鄭監督は「人間ってそういう仕様もないところあるよね。でもそれでも時は流れていくし、生きていかなければならないんだよね」と温かいまなざしで人を見つめ、人間の感情そのものを描きたかったのではないだろうか。しかしそんな複雑な人間の心を描くためには、やはり役者一人ひとりの力量やバランス感覚が必要となってくる。
森田が演じる主人公も「ヒーロー」であったり、「とりわけて良い人」や「とりわけて悪い人間」ということではないのだ。森田も『すべての四月のために』の舞台上では、いつも纏っているカリスマ的空気感を微塵も感じさせず、表情やセリフまわし、姿勢すら「家族に、そして好きな人に何かが起こってもただオロオロとしてしまう普通の人間」になりきっていた。そのふわっとしたあいまいな空気をいともかんたんに舞台上で纏ってみせるのが、俳優・森田剛という男なのかもしれない。
共演した麻実は「普段寡黙ですが、今回は交わす台詞も多い役どころなので、実はすごくあたたかくて、やさしくて、そして可愛いところに触れられました。何より、舞台に向かう姿勢が真摯で素敵ですね」と森田について語る。今回は、森田剛のキャラクターとは真逆ともいえる少しコミカルな役を演じている。鄭監督も「稽古場では明るく、明るくという注文も、嫌がることなく実にのびのびと(笑)やっていただけました。割とご本人、ギャグっぽいのも好きなんじゃないかな(笑)」と稽古中の森田について語っている。
一方で森田は「稽古期間、毎日、多くのダメ出し」を監督から受けたという。「稽古中の鄭さんの演出が自分の中に入っていればいいのですが、繰り返しダメ出しが出たシーンでは鄭さんの顔が浮かんできそうな気がします(笑)。本番が始まったら、役は役者のものでもあるので、のびのび演じられればと思います」と森田らしいコメントをしている。もしかしたら、長い公演中森田が解釈する主人公というのが顔を出すのかもしれない。
長い冬が終わって待ち望んでいた春が来た時、人は「生きる喜び」を感じる。桜舞うそんな春ののどかな一日ような、あたたかな気持ちを心に残してくれるこの作品。「素敵な言葉がたくさんあるので、お客様にしっかりと届けたい」という森田の思いがきっと観劇者の元に届けられるだろう。
東京公演は11日から29日まで東京芸術劇場 プレイハウスにて、京都公演は12月8日から13日までロームシアター京都 サウスホールにて、北九州公演は12月22日から24日まで北九州芸術劇場 大ホールにて行われる。
公式ホームページ http://www.parco-play.com/web/play/subeteno/