韓国、そして世界を震撼させた衝撃の物語、映画『ベルリンファイル』が、ついに7月13日、全国公開される。かつて東西に分断されていた都市“ベルリン”を舞台に、諜報員たちの悲劇やアジアの今をリアルに描き、各界から絶賛される本作の公開を記念し、6月19日、東京・新宿・LEFKADAにて、リュ・スンワン監督、ジャーナリストの黒井文太郎氏と木村元彦氏を迎え、座談会が開かれた。
北朝鮮、世界の裏では一体何が起きているのか!?映画『ベルリンファイル』から見る朝鮮半島の真実、アジアについて忌憚のない意見が飛び交った。
本作を観た黒井氏から「バランスが絶妙!背景のモチーフがしっかりしていてリアリティがすばらしい。ラブシーンでも、韓国ドラマや映画にありがちなメロなバラードが流れるということがなくて良かった。クライマックスの描写のバランスも見事!」と感想を聞かされると、「自分自信が、ロマンスシーンの甘い音楽が苦手なので、入れることができなかったんです(笑)。お褒めの言葉をいただきありがとうございます。」と笑顔をみせたリュ・スンワン監督。なごやかな雰囲気でトークがスタートした。― ロマンスの描写は特にクローズアップされていませんが、それが故にロマンスが際立つという裏テーマとしてあったのでは?
スンワン監督:この作品を観ると、信念やイデオロギー的なものや、党に対する忠誠心が浮き彫りにされていますが、主人公の一人がそれを人生の全てだと思っていたが、実はもっと大切なものがあった。それは愛する人だったということ。それを主人公が知るということが非常に大切なことだと思っていました。
― そこでロマンチックな音楽が流れないところが演出、編集の素晴らしさですね。
スンワン監督:僕は色々なジャンルの映画が好きでよく観るんですが、唯一ラブコメディーだけは個人的に好みではないんですね(笑)。
― 木村さんは映画をご覧になっていかがでしたか?
木村:私もバランスの良さに感動しました。この作品は北朝鮮のカップルが主人公といっても過言ではない。それを監督が描かれたことに大きな意義がある。東西ドイツが統一したときに花火があがったブランデンブルグ門のショットをはじめ、この作品をベルリンで撮ったということに、監督の(朝鮮)統一に対する大きな希求があったのでないでしょうか。
スンワン監督:北朝鮮の人物を描写する際に、バランス感覚に非常に努力しました。韓国の大衆文化の中で北朝鮮の人物を人間的に描写し始めるきっかけになったのは、おそらく『JSA』という作品ではないでしょうか?『シュリ』という作品の中にも非常に魅力的な北朝鮮の軍人が出てきましたが、悪としての存在感があったので人間的に描くのには限界があったと思います。どんな体制やシステムであっても、そこに生きている人には熱い血が流れ、感情があると思います。北朝鮮の人たちも自分たちと同じ感情を持った人間として描きたかったんです。今回の主人公は、一生をかけて訓練を積んできて、その信念を貫くために感情を表現するのが苦手な人物。朝鮮半島は今も冷戦のイデオロギーの中にいる。それを現実として生きている人たちがいるということを考えてみたいと思ったのが、この映画を作ろうとした理由の一つです。
― 韓国と北朝鮮を語るにおいて、色々な多様性があると思いますが、本作品はどのように意識されたのですか?
スンワン監督:特に韓国映画史を意識して映画制作をすることはありません。あくまでも個人的な関心から始まっています。おそらく2000年代に入り大衆文化として北朝鮮をモチーフとした作品が多くなったのではないでしょうか。1980年代に南北関係が硬直し、1990年代に少し緩やかになり、2000年代にそれが噴出したのだと考えます。
― 冒頭のシーンの状況について
スンワン監督:海外で活動している北朝鮮の人には、必ず南(韓国)のスパイの監視がついているんです。色々リサーチして、ヨーロッパで起こりえる状況を考えて取り入れてみました。
黒井:中近東とのビジネスや関係は昔からあるのですが、世界のスパイ映画全体で、現在銃撃戦アクションを描きにくくなっています。実際にヨーロッパでも銃撃戦が起こる局面はあまりない。そういう点でアクターとして中東のテロ組織はモサドを取り入れたのでしょうか?
スンワン監督:そうですね、外国で銃撃戦を展開することは現実にありえないですし、撮影も難しいことは分かっていました。なので、テロの描写を入れようかとも考えたのですが、それだと私が描きたい本質から外れてしまうと思いました。映画的なリアリティとしてこのようにしました。
― それが現実的に起きるのか?でも、ありえるかもしれない・・・というバランスがとてもハマッていた冒頭だったのでは?
スンワン監督:ありがとうございます。
木村:掴みがすごくよかったです。ベルリンが舞台になる必然をそこにすでにできていましたね。― (木村氏から監督へ)壁があった頃のベルリンのオマージュがあったと思いますが、あえてそこに触れなかったのは?
スンワン監督:そこまで深く考えてはいませんでしたが、リサーチしていてみると、壁があっても当時の東西のベルリンは行き来があったようで、羨ましいと思いましたね。
― アクション面で特に意識をしたところは?
スンワン監督:今回、“専門家”が繰り広げるアクションを重要視しました。子供の頃から人を殺すための訓練を受けてきた人が見せるアクションです。体だけを使った、北朝鮮の激術という武術を研究して取り入れました。また銃撃戦では、空間を照らし合わせて研究し時間をかけました。
― (007スパイ大作戦の)ボーンシリーズを彷彿させるところもありますが・・・
スンワン監督:ベルリンが背景でスパイが登場するので、そのように言われるのではないかと思ってかなり悩んでいました。ですから、アクションをデザインする時には、アクションが置かれている状況をしっかりと見据えて正直に撮る、正確に編集することに気をつけました。観客の皆さんが登場人物の苦痛を同じように感じるようにね。主役はハ・ジョンウではなく、ハ・ジョンウの背中だと言っていた評論家もいましたよ(笑)。獣が戦うように描写したかったんです。
― 実際に、諜報員というのはあれだけの訓練を受けているものなんですか?
黒井:そういうセクションがあるんです。北朝鮮は、同じスパイ組織の中でも戦闘員と工作員と分かれていて、戦闘員は大変な訓練を受けていますね。
― 『シュリ』でも情報機関員役を演じているハン・ソッキュを再び起用した理由は?
スンワン監督:台本を書いている時には、『シュリ』のハン・ソッキュさんは念頭においていませんでした。出演が決まってから、もしかしたらこの作品は『シュリ』の10年後を描いている作品になるかもしれない・・・と思いました。『シュリ』では、愛する女性が北朝鮮のスパイだったということを知るわけです。その後日談として、10年後に派遣先の海外でさまよっている状況の中で、過去の自分と似かよった北朝鮮の男と出会うのです。
― スンワン監督の作品に多く出演している、リュ・スンボムさんの魅力は?
スンワン監督:彼は台本と人物を解釈する力がずば抜けているんです。毎回、私が書いた台本を見て私ですら見落としていたものをしっかりと見抜いて、私が想像していた以上に豊かな人物像を創ってくれるんですね。さらに役になりきる集中力が凄い。今回参加した北朝鮮出身のアドバイザーからも、北朝鮮の言葉(方言)や行動が本当によく似ていると言われていました。いつも期待以上のものを見せてくれます。
― ハ・ジョンウさんとの対比がとても印象的でした。
スンワン監督:二人ともとても個性ある俳優で、ハ・ジョンウさんは、良い意味で気持ちをゆるめて演技をされる方。一方、リュ・スンボムさんはストイックに自分を追い込めるタイプ。そんな火と水のような感じの二人を見ていて楽しかったです。
MC:理想的な組み合わせでしたね。
スンワン監督:いいシーンが撮れたときは、理想的な組み合わせでしたね(笑)。
― (黒井氏から)パク・チャヌク監督などより少し下の世代になるスンワン監督ですが、上の世代の作品から比べて、自分の作品をどう分析されていますか?
スンワン監督:冷戦が終わったのは私が10代のころ。ですので、私より年上の方たちとは少し受け止め方が違うと思います。私は、高校で軍事訓練を受けていた時代ですが、よくサボっていました(笑)。今の10代~20代の韓国の若者は、統一を願わない人が増えています。もっと年上の人々は統一を願っている。私はその間にいるのでそのバランスを取らないといけないと思っています。私は統一を解決するためには、経済的な視点や民間交流を進めて模索していくというのがいい方法ではないかと考えています。個人的に統一を願う理由があるんです。汽車でヨーロッパ旅行をすることもできますし、ロケーションの場所も拡張できますしね。時代劇もたくさん撮れます。韓国語を話す人が増えればマーケットも広がりますし、経済的にも豊かになると思うんです。もちろん、利己的な理由かもしれませんが(笑)。― 若い人たちに理解しやすい話だと思いますね。
スンワン監督:この作品は、南北問題が描かれているので政治的なアプローチがクローズアップされますが、あくまでも人が人を理解する問題として捉えてもらえれば嬉しいです。複雑な問題が現代社会にはありますが、国家は個人を守ってくれないかもしれない。個人と個人が連帯して共同体を作るのが理想的なのではないかと考えました。
― (観客より)アジアのスパイ映画として見続けたいと思いました。続編の予定はありますか?
スンワン監督:映画を作ったあとに、一番多く聞かれた質問です(笑)。続編の計画もないですし、たぶん作らないと思います。その理由は、この物語はここで終わりますが、登場人物の人生はまだ終わっていないので、この映画を観た方が彼の人生を応援してほしいんです。映画館を出たあとに彼を応援し、映画を思い出して韓国の現実について考えていただけたら嬉しいです。続編は、映画を観た方が自分の頭のなかで作ってくれた物語が一番理想的ですね。
座談会の冒頭で、スンワン監督が「日本の人々は、韓国をはじめ他の外国以上に理解度が高く、敏感に見て下さっています。それは日本の皆さんが南北の情勢に非常に関心をもって観て下さっているからではないでしょうか。この映画を制作した者として、この座談会がとても興味深く、有意義なものになると思います。」と述べたとおり、中身の濃いトークが展開された。改めて、色々な視線で本作品を見てみたい・・・と思うことのできた充実した時間だった。手に汗握る展開に、一瞬たりとも目をそらすことができない・・・最高の完成度のハイブリットスパイアクションの公開が待ち遠しい。
『ベルリンファイル』
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アラブ組織との武器取引現場を韓国情報院の敏腕エージェント・ジンスに察知され、からくもその場から脱出した北朝鮮諜報員ジョンソン。なぜ、このトップシークレットが南に漏れたのか?まもなく、北の保安監視員ミョンスから、妻ジョンヒに二重スパイ疑惑がかけられていると知ったジョンソンは、祖国への忠誠心と私情の板挟みになり苦悩を深めていく。しかしジョンソンは、まだ気がついていなかった。すでに彼自身までが恐るべき巨大な陰謀に囚われていたことに。CIA、イスラエル、中東そしてドイツの思惑も交錯し世界を巻き込んだ戦いが“陰謀都市ベルリン”で始まる。生き残るのは果たして・・・
監督・脚本:リュ・スンワン(『生き残るための3つの取引』)
武術監督:チョン・ドゥホン(『G.I.ジョー バック2リベンジ』)
出演:ハ・ジョンウ(『チェイサー』)/ハン・ソッキュ(『シュリ』)/チョン・ジヒョン(『猟奇的な彼女』)/リュ・スンボム(『クライング・フィスト』)
配給:CJ Entertainment Japan
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7月13日(土)新宿ピカデリー、丸の内ピカデリー他、全国ロードショー!