取材:記事・写真/RanRanEntertainment
余計なものをそぎ落とした舞台。そのミニマムな舞台に一人立つ東出昌大。その佇まいの美しさに息をのむ。三島が描いた「美」がそこにあった。
三島由紀夫の絶筆の書であり遺作となった大作『豊饒の海』が舞台化され、7日東京・新宿の紀伊國屋サザンシアターで行われた初日前会見に、主演の東出昌大、宮沢氷魚、上杉柊平、大鶴佐助、首藤康之、笈田ヨシらが顔を揃えた。
マックス・ウェブスター 大鶴佐助 笈田ヨシ 首藤康之
上杉柊平 東出昌大 宮沢氷魚
今回の舞台「豊饒の海」は「春の雪」「奔馬」「暁の寺」「天人五衰」の4部から成る長編の作品を約2時間半の舞台の中に落とし込む。舞台化の話を聞いた出演者自身も「ウソだろう?(宮沢)」、「上演時間は16時間になるのでは?(大鶴)」「冗談だろうと思った(首藤)」と会見で口々に驚きを明かしたが、この不可能とも思えた舞台化を可能にしたのは、今最も注目を集めている作家長田育恵の脚本だ。4作の時間軸を縦糸・横糸で織り上げ「4作の素晴らしいところを上手くまとめて(宮沢)」「文学に触れて来なかった人にも魅力が伝わる(東出)」舞台に再構築している。
舞台冒頭では、暗闇の中に浮かび上がる幻想的な蒼の光、細い糸を引いて木漏れ日に照らされたような滝の水のきらめきの中、東出演じる松枝清顕、そしてその生まれ変わりとされる飯沼勲(宮沢氷魚)、ジン・ジャン(田中美雨)、安永透(上杉柊平)の若くして散った4つの命が交錯し、大胆に翻訳された舞台「豊饒の海」の行方を暗示する。
演出は、現在ロンドンで最も注目される演出家・マックス・ウェブスター。会見後に行われたフォトコールでは、各公開シーンの前にウェブスター自身の口から演出の意図を語ってくれた。中でも印象的だったのは、「4部作をシンクロさせることで、4つの作品を貫く、三島が意図した『核』が見えてくる」「それぞれの作品が影響し合っている部分」を見ることができる。それが「この舞台で得られる特別な体験」であるという言葉だ。また、今回の舞台装置に関して、33ものシーンに対応しなければならないという問題の解決策として「埋めつくそうとする努力よりも空っぽなことを楽しみ、観客の想像に任せる」というミニマムな舞台ができあがった。またそれは、三島が「能舞台に興味があった」ということへのオマージュでもあるという。黒のシャツを着こなしたダンサー達が寄せては返す波を表現していたり、黒子のような動きをしたりと、4部作を1つの舞台に集約させるために斬新でモダンさを感じさせる演出も観劇の楽しみの一つとなるだろう。
小説の「核」となるエッセンスを大胆に集約させたこの舞台。三島由紀夫が生きていたらなんと評価するのか気になるところだが、その答えを三島と親交があった笈田が語ってくれた。「先生は『芝居は趣味だ。俺は芝居と心中する気はないんだよ』と言っていました。今夜ご覧くださっていたら厳しいご批判はなくてニコニコと笑いながらご覧くださるだろうと思っております。」また今回のキャストについても主演の東出には『「カッコいいじゃねえか」って先生言うと思うんですよ』宮沢については「素晴らしい美声で彼が舞台で話すセリフは、(生前)先生がおっしゃっていたことそのまま。『俺の思ったことを上手くいってくれた』と言うと思います」。「(上杉の役は)先生がわざとこんな奴と(思われるように)意地悪に描いて、それが先生の本心ではないかと思いますが、それを『上手く演っているわい』というんじゃないかと思います」。
純文学の文豪の大作。特に三島由紀夫の作品というとそれだけで、様々な制約に囚われてしまいそうだが、今作の舞台は神格化された三島由紀夫の影におびえることなく自由な解釈によって舞台が作られている。
逆にそうすることによって、生きていたら三島にも楽しんでもらえるような舞台が出来上がったのだろう。生前の三島と一緒に舞台を作り上げた経験を持つ笈田が言うのだから間違いない。
「今月、11月という先生の命日の月にこの舞台をやらせていただくのは、感無量」だと語る笈田。三島も劇場のどこかで、この舞台を見守っているかもしれない。
舞台『豊饒の海』は11月7日~12月2日まで紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYAで、12月8・9日に大阪・森ノ宮ピロティホールで上演される。
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