取材:記事/RanRanEntertainment 写真/RanRanEntertainment・オフィシャル
在宅医療のスペシャリストであり、実際に尼崎市で在宅医として活躍している長尾和宏氏によるベストセラー「痛くない死に方」「痛い在宅医」をモチーフに高橋伴明監督が映画化した『痛くない死に方』が2月20日(土)より公開される。主演を務めるのは、その高い演技力で注目される柄本佑。さらに、坂井真紀、余貴美子、大谷直子、宇崎竜童、奥田瑛二ら実力派俳優たちが脇を固める。高橋伴明監督に、本作で描きたかったことや撮影の裏話を聞いた。
――高橋監督が長尾先生の著作を読まれたことから、この企画がスタートしたのですか?
いや、プロデューサーから本を渡されて…そこで初めて長尾先生の本を読みました。
――長尾先生の本を読まれて、どんなところに興味を惹かれましたか?
そもそも、64歳くらいの時から自分の死に方を考えるようになって、死にまつわる本は読んでいたんです。その中で、在宅医のことも知っていたし、尊厳死というものがどういったものなのかも知っていたので、長尾先生の本は自分の中にスっと入ってきました。ただ、映画化することを考えた場合、長尾先生の本で描かれていたのは、本作の前半部分だけなんですよ。もちろん、映画では原作の世界観をドラマ仕立てにはしていますが、それでもあれだけでは映画としてはつらい。それで、さまざまな本を読んだ中で考えた「自分が死ぬときにこういう死に方ができたらいいな」というものを後半部分に付け足して、シナリオにしてプロデューサーに返したんです。そうしたら、この方向でと決まり、この企画が走り出しました。
――では、宇崎竜童さんが演じられた、本多彰という役柄が、監督の理想像なのですね?
はい、そこに託しています。
――原作の著者でもある長尾先生は、監督から見てどんな方ですか?
規定外な方ですね。僕が最初にお会いしたのは、(長尾先生の)講演会を聞きに行ったときなんですが、講演会の途中で長尾さんが歌を歌い出したんですよ(笑)。何なんだ、この人はと思いました(笑)。話し始めると止まらないですし。自分は、寡黙な方ですし、カラオケもやらないので、真逆な人だというのが最初の印象でした。その後、尼崎まで行って、一緒に患者さんの自宅を回ったんですが、そこで患者と医者の関係性に新鮮なものを感じました。決して上からではない。まさに寄り添う感覚だな、と。もちろん、長尾さん自身の信念があってそういった寄り添い方をしているんだろうけれど、あの患者と医者の関係性というものはすごく新鮮で、それはとてもいい関係に見えましたね。
――その長尾先生をモデルにしたのが奥田瑛二さんが演じた長野浩平ですね。では、主人公である柄本佑さんが演じた河田仁という人物はどのような人物ですか? 本作後半の河田は、監督が思い描く理想の在宅医という側面があるのでしょうか?
そういう部分もあります。例えば、患者に対して、タバコを吸っていいんじゃないかと言ったり、酒を飲んでもいいんじゃないかと言ったりというシーンは長尾さんとは離れたところで、こういう医者も面白いなという思いがありました。基本的には、長尾さんをモデルにした長野を見習って成長していくのが河田なので、長尾イズムみたいなものは引き継いでいるとは思いますが。
――なるほど。今回、実力派の役者さんがたくさん出演されていますが、特に印象に残った撮影を教えてください。
前半部分で患者役を演じた下元史朗が紙おむつ姿になるシーンですね。男の俳優100人に聞いたら、100人が紙おむつは嫌だって言いますよ。全裸になるのはいいけど、紙おむつは嫌だっていう役者がほとんどだと思います。でも、下元ならばやってくれるという思いがあってお願いし、彼もそれに応えてくれた。なので、そこは印象的でした。
それと、これは下元に限らずですが、長尾さんが死に方に非常にこだわっていたので、今回は“映画的な死”というものを排除して、うんざりするくらい死ぬまでの顔を撮ったつもりです。“映画的な死”を演出する場合には、クマを作ったり、顔色を変えたりとメイクを施すんですが、それも一切やめました。ドキュメンタリー(2月13日より公開されている、長尾先生に密着した『けったいな町医者』)はさらにしつこく撮っていると思いますが、この作品は映画だから、そこまではできていないけれども。
――確かに、ドキュメンタリーとはまた違った、映画ならではの「リアルな死」はすごく伝わってきました。
実際に長尾さんと患者さんを診て回ったときに、患者さんの顔色にそういうのを全然感じなかったんです。もちろん、病気によっては顔色が変わる場合もあるんでしょうが、たまたまそういう方とは出会わなかったこともあり、ノーマルな皮膚感でいいんだと感じたんです。
――演出面では、そのほかにどんなこだわりがありましたか?
胸の内や現代医療の有り様、人との関わりといった「言いたいこと」を、セリフではなく川柳に込めて、川柳として言ってもらうというのは、意図したところではあります。映像的には、在宅医を描いているのでどうしても室内のシーンが多くなってしまうので、設定に無理がない範囲で、柔らかい光を感じられるようにとは考えていました。
――では、今回、柄本さんを主役に起用した理由は?
私は彼のことを「生まれつきの俳優だ」と言っていますが、あの年代での、極めて正当な俳優だと思っているのでそれが理由の一つです。
――現場では、監督は、役者さんたちに演出をたくさんされる方ですか?
しない方です。
――演技は、俳優さんに任せているんですね?
はい。もちろん、そこは違うと思うところは言いますが、それ以外は皆さん、プロですから。プロたちが、それぞれに解釈して、そう表現しているんだから、それは尊重するという考え方です。もちろん、自分なりのイメージは持っていきますよ。でも、それと違う芝居をされても、そう解釈するなら自分はこういう方向性にしようと、その後のことを考えます。
――今作では、役者さんたちは監督のイメージと合致する演技をすることが多かったですか? それとも、こうくるんだという驚きが多かったですか?
佑に関しては、ほぼイメージ通りだったと思います。
――宇崎さんの演じた本多も思い入れの強いキャラクターなのではないかと思いますが、宇崎さんはイメージ通りでしたか?
宇崎は音楽屋さんだから、時々リズムを取りながらセリフを喋ったり、手でリズム取っていたりするんで、そこだけ「ロックンローラーをやめて」ということはありました(笑)。意外だったのは、大谷直子です。そうくるかみたいなシーンはありましたね。
――具体的にはどのシーンだったんですか?
本多の死の宣告を受けたあと、大谷演じるしぐれが流しを洗い出すシーンです。理屈ではないアクションだったので印象に残っています。あれは大谷のアイディアなんですが、男にはできない発想だと思います。
それから、坂井真紀が演じた井上智美が、最後に河田に一礼をするシーンは好きでした。まだ何か心に一物あるような、何かを含んだ一礼だったと思います。
――今回、この作品を撮られたことで、在宅医療や尊厳死に対する考えに変化はありましたか?
確信に近づいた感じがあります。試写会や映画祭などでご覧になった方は、共感してくれる人がとても多かったんですよ。それで、自分が考えている死に方はありなんだという自信が強まりました。とは言っても、「可能な限り、治療努力をするべきだろう」という考え方も決して否定できるものではないので、そういう方もいるんだろうなと思ってたんですけど、意外と、そういう声はまだ聞こえてきていません。今の選択肢としては、この作品で描かれているような死に方は、自分にとっては正解だと思います。
――この作品を通して、どういったことを感じ取ってもらいたいと思っていますか?
「こういう死に方もありますよ」「俺はこういう死に方をしたいと思っているんです」とそっと差し出したので、それをそっと受け止めてくれる人がいればいいなと思います。先進医療に託すべきだという考え方の人もいるだろうから、それはそれで否定しないけれども、こういうのもありだよねっていうふうに思ってくれる人がいたらいいです。
――改めて読者にメッセージを。
こういう時期だからこそ、余計に「どう生きるか。どう死ぬか。どう人と関わるのか」と考える人も多いと思います。そうした、生きる、死ぬことに思いが至る映画になっていると思うので、そうしたところも汲み取ってご覧いただければと思います。
映画『痛くない死に方』
出演: 柄本佑 坂井真紀 余貴美子 大谷直子 宇崎竜童 奥田瑛二
監督・脚本:高橋伴明 原作・医療監修:長尾和宏
制作:G・カンパニー 配給・宣伝:渋谷プロダクション
製作:「痛くない死に方」製作委員会
尺:112min 公式サイト:http://itakunaishinikata.com/
(c)「痛くない死に方」製作委員会
2021年2月20日(土)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次公開
■あらすじ
在宅医療に従事する河田仁(柄本佑)は、日々仕事に追われる毎日で、家庭崩壊の危機に陥っている。そんな時、末期の肺がん患者である大貫敏夫(下元史朗)に出会う。敏夫の娘の智美(坂井真紀)の意向で痛みを伴いながらも延命治療を続ける入院ではなく“痛くない在宅医”を選択したとのこと。しかし、河田は電話での対応に終始してしまい、結局、敏夫は苦しみ続けてそのまま死んでしまう。「痛くない在宅医」を選んだはずなのに、結局「痛い在宅医」になってしまった。それなら病院にいさせた方が良かったのか、病院から自宅に連れ戻した自分が殺したことになるのかと、智美は河田を前に自分を責める。在宅医の先輩である長野浩平(奥田瑛二)に相談すると、病院からのカルテでなく本人を見て、肺がんよりも肺気腫を疑い処置すべきだったと指摘される河田。結局、自分の最終的な診断ミスにより、敏夫は不本意にも苦しみ続け息絶えるしかなかったのかと、河田は悔恨の念に苛まれる。
長野の元で在宅医としての治療現場を見学させてもらい、在宅医としてあるべき姿を模索することにする河田。大病院の専門医と在宅医の決定的な違いは何か、長野から学んでゆく。
2年後、河田は、末期の肝臓がん患者である本多彰(宇崎竜童)を担当することになる。以前とは全く違う患者との向き合い方をする河田。ジョークと川柳が好きで、末期がんの患者とは思えないほど明るい本多と、同じくいつも明るい本多の妻・しぐれ(大谷直子)と共に、果たして、「痛くない死に方」は実践できるのか。