トップ > PICK UP > 映画『有り、触れた、未来』山本透監督インタビュー 命の大切さを伝える本作で「“だから大丈夫だよ”と言ってあげたい」

2023年3月7日 07:00

映画『有り、触れた、未来』山本透監督インタビュー 命の大切さを伝える本作で「“だから大丈夫だよ”と言ってあげたい」

取材/RanRanEntertainment

『グッモーエビアン!』『九月の恋と出会うまで』などで知られる山本透監督が、本作のために集まった総勢22人の若手俳優からなるプロデューサーチーム「UNCHAIN10+1(アンチェインイレブン・アシスタント)」と共に製作した映画『有り、触れた、未来』が、3月10日(金)から全国公開される。本作は、山本監督の「コロナ禍の閉塞的な社会で自殺者や不登校児童が増えるなか、命の大切さを伝える力強い作品を作りたい」という思いの元に作られた、重厚な人間ドラマ。交通事故で交際相手を亡くした元バンドマンの女性、自然災害で家族を亡くした親子、娘の結婚式への出席を望む末期がんの女性など、命と向き合う複数の物語を通し、人々が支え合うことの尊さを描く。山本監督に本作を製作するに至った経緯や本作に込めた想いを聞いた。

IMG_7921s


――「UNCHAIN10+1」と共に企画から資金集め、制作まで、自主映画としてゼロからスタートしたという本作ですが、製作を決意するに至った思いをお聞かせください。

最初のきっかけは、間もなく3年が経ちますが、2020年、コロナの流行が始まり、東京で緊急事態宣言が初めて発令された頃に遡ります。自分も準備していた作品が延期になり、自宅待機していたのですが、4月10日に大林宣彦監督が亡くなられたという連絡をもらったんです。僕は20代の頃、大林監督のもとで助監督していたこともあり、長い間お世話になっていた方でした。晩年、ガンで闘病されていた時にもたくさんお話をさせていただいていましたが、その中で、大林監督が「山ちゃん(山本監督)があと3ヶ月で死ぬと言われたら、本当はどんな映画を撮りたい?」とおっしゃっていたことを、訃報を聞いて思い出したんです。それで、改めて自分が世の中に届けたい映画を作ろうと思い、その時には幼児虐待をテーマにした脚本を書きました。

その脚本を書き上げた頃、身近なところで、俳優の自殺報道が流れてきました。自分が脚本参加した作品のメインキャストが自ら命を絶ったと。その映画は完成間近でしたので、本当にショックでした。正直、何が起きているのか分からなかったし、未だに分かりませんが…。

そこから、死に向き合うことが急激に増えていったんですよ。自分の母親も亡くなって、その次に叔父も亡くなった。コロナだから、死に目にも会えず、これまでと同じような葬式もできない状況でした。そうしたことが続いていて…今度は、自分の映画に出たいといってワークショップで育てていた俳優が、やっぱり何も言わずに一人で死んでいって…どうしたらいいんだろうと思うようになったんです。

IMG_7937s


――なるほど。

それで、一度、幼児虐待の脚本は置いておき、全方位的に命と向き合って、命の流出を止めるような、もっともっと力強いものを撮らなくてはいけないと感じ、自殺について勉強を始めました。カウンセリングの先生にも取材をさせていただいて、そこで僕は、どんなにメンタルが強い人でもうつ状態になることは有りうるし、それは誰にでも起こりうる病ということを知りました。その先生は「自己防衛本能の過剰誤作動」とおっしゃっていましたが、自ら命を絶ちたいと思っている人に「生きろ」とか「死なないで」と言うのは、風邪をひいてる人に咳をするなと言っているのと同じなんですよ、と言われ、衝撃を受けました。

じゃあ、どうすればいいのか。その先生は、死のうとした瞬間に支えてくれる人がいるかいないかが大きな問題になるとおっしゃっていました。それで、それを映画にするには…と思い悩んでいた時に、本作のプロデューサーでもある舞木ひと美のお父さんである、齋藤幸男先生が書かれた「生かされて生きる‐震災を語り継ぐ」(河北選書)を読んだんです。

齋藤先生は、東日本大震災当時、石巻西高校の教頭を勤めていらっしゃいました。震災時、避難所に指定されていない石巻西高校に、地域の人たちが何百人と押し寄せてきて、避難所になってしまった。さらに、体育館は自衛隊の遺体安置所になって、毎日毎日、ご遺体がが運び込まれてくる。 そうした中で、先生たちがどうやって子どもたちを懸命に守ったのかがその本には書いてありました。しかし、それだけではなく「震災後、子どもたちは、どう生きてきたか」という話もたくさん書いてあり、この人たちに会いたい!と思いました。2021年3月11日、ちょうど10年目を迎える宮城県を訪れ、大勢の方のお話を聞く中で「何年経っても傷が癒えることはない。それでも傷と共に生きてきた10年でした」そういう言葉を聞きました。皆さんは、お互いに声を掛け合って、前に進むしかなかった。支え合って、懸命に生きてきたんです。そのエネルギーを感じたことが、今回の映画の原点であり、原動力となりました。

僕がこの企画をスタートした時は、俳優たちが自ら死を選ぶということが起きていましたが、その後も、日本人の自殺率が11年ぶりに上昇している。特に女性や子どもが亡くなり始めた。2022年には不登校の小・中学生が24万人もいるという報道もされていて、世の中が明らかに良くなくなっていることを証明していると感じました。僕が届けたかった想いは、自殺を食い止めたい!からスタートしましたが、今は「この時代に訪れた暗雲と立ち向かうためにはどうしたらいいか」という決意に変化しました。コロナは本当に表現者たちを苦しめました。でもだからこそ、カルチャーに関わっている全ての表現者たちが下を向いたらいけないと伝えたかったですし、音楽や演劇、映画、全ての表現者が手を携えて、この夜明け前の薄暗い暗闇を吹き飛ばしたい。今はそういう気持ちでいます。

――その想いに賛同したのが、「UNCHAIN10+1」の皆さんなんですね。

実際に映画を製作したい、となった時、大手の映画会社からは「コロナが治まらないと難しい」と言われたんですよ。当然のことだとは思うのですが、治まるのを待っていたら、この映画が完成するのはいつなのか?その間にどれだけの命が流出してしまうのか?思い悩んでいる時に自分の周りにいた俳優たちが集まってくれて、「監督が伝えたいことがあるなら手伝いたい」と言ってくれました、それならば自主制作映画として、やってみようと、お金集めからスタートしました。

『有り、触れた、未来』メイン(1220)s


――では、今回出演されているキャストたちも、監督の思いを受けての出演だったと。

そうですね。キャスティングもみんなで意見を出し合って、自分たちでお願いをして決めていきました。脚本をお送りして、何故、今、この作品を作りたいのか説明をしました。

――主人公の元バンドマンの女性を演じる桜庭ななみさんには、どんなところに魅力を感じてオファーされたのですか?

独特の凛とした雰囲気があり、心の奥深くに芯を持った女性というイメージを持っていたので、以前からご一緒してみたいと思っていました。なので今回、ご本人に僕がどんな思いからこの作品を撮ろうと思っているのかを全てお話をさせていただき、お願いしてみたところ、ご快諾いただけました。

――監督のお話について、桜庭さんはどんな反応をされていたんですか?

終始、涙を流しながら聞いていましたね。彼女がなぜ涙を流したのかは分かりませんが、表現者としては切実な問題だと思うんです。僕も今、こうして話していてもやはり亡くなった方たちの顔が思い浮かぶので…。それでも前に進んでいくしかない。そこに何か感じてもらえたのかなと思います。

――劇中では、舞台俳優やボクサーなど、さまざまな人々が登場し、それぞれの立場で命に向き合っています。そうした幅広い人物たちの群像劇を描いたのには、先ほどの「全方位的」という思いがあるのでしょうか?

今、苦しんでいる全ての人たちに「大丈夫だ」と言ってあげたいという思いがありました。例えば、「前進あるのみ」とだけ言われたら、それを苦しく思う人もいます。でも、「立ち止まってもいいし、歩かなくてもいい。生きているだけで十分だ」と言ってくれる人がいて、一方では「前に進もう」と言ってくれる人もいたら、より多くの人に響くかもしれない。色々な物語、色々な状況が描かれなければ、誰かを苦しめてしまうかもしれないと思ったので、たくさんの物語を描きたかったんです。今回は、5つの物語を描き、それが交わって、融合するストーリーになっていますが、全体像がお客さまに見えた時に、それが生きるエネルギーになって届けばいいなと思っていました。5つの物語を描いたら、1つの物語よりも5倍、誰かを救えるのではないかと思ったんです。

――監督は、本作の製作にあたり「映画に何が出来るのか? とことん悩み考えた末、この作品は生まれました」というコメントを出されていましたが、その答えは見つかりましたか?

映画が届き始めるのはこれからなので、これから何かが発生するのかなと思います。自主映画だからこその苦労もありましたが、これまでには出会えなかった人たちとの出会いもたくさんありました。日本国内はもちろんですが、イギリスで「セーブ・ザ・キッズ・プロジェクト」という子どもたちを守る活動をされている方からも寄付金が届きましたし、アフリカのスーダンやザンビアで病院を作っている医師などからも協力や支援をいただき、想像もつかないところまでネットワークが広がっていきました。そうしてできたこの作品が、どれだけのエネルギーを持っていて、どれだけの人たちを救えるのか。今、これから勝負が始まるという感覚です。

――では、監督ご自身にとっての「生きること」「生きる意味」とは?

「分かち合うこと」が僕は一番尊いものだと思います。美しい景色を見て「美しいね」と、美味しい料理を「美味しいね」と隣にいる人と分かち合えることが豊かだなと感じます。「生きている意味」を実感する瞬間です。

――ありがとうございました。最後に、読者に改めてメッセージをお願いします。

過去の思い出の中で生きることはできないから、どんなことがあっても前を向いていかなければいけない。でも、立ち止まってもいい。寝転がっても座り込んでもいい。ただ、自ら命を絶つことだけはせずにいてほしい。まずは生きているってことが大事だとこの作品を通して、少しでも伝わればいいなと思っています。もし、立ち上がりたいと思ったら、隣にいる人が手を差し伸べてくれるかもしれないし、誰かと声を掛け合って歩いていたら景色も変わる。だから大丈夫だよと言ってあげたいんです。今、24万人もいる不登校児童にも、絶対に向き合ってくれる人や心配してくれる人がいます。どうか周りにそうした子どもたちがいたら暖かい目で見守って、支えてあげて欲しいです。

『有り、触れた、未来』ポスタービジュアル【最終FIX】s


映画『有り、触れた、未来』
は、3月3日(金)から宮城県先行上映、3月10日(金)から全国ロードショー。

監督・脚本 山本透

出演
桜庭ななみ、碧山さえ、鶴丸愛莉、松浦慎一郎、宮澤佑、金澤美穂、岩田華怜、谷口翔太、舞木ひと美、高品雄基、高橋努
麻生久美子、淵上泰史、入江甚儀、萩原聖人、原日出子、仙道敦子、杉本哲太、手塚理美、北村有起哉

原案
齋藤幸男 「生かされて生きる-震災を語り継ぐ-」(河北選書)
プロデュース
UNCHAIN10+1(アンチェインイレブン)
制作プロダクション Lat-lon
配給 Atemo
©UNCHAIN10+1
公式ホームページ https://arifuretamirai.wixsite.com/home

 

取材 :文・写真/嶋田真己

トップ > PICK UP > 映画『有り、触れた、未来』山本透監督インタビュー 命の大切さを伝える本作で「“だから大丈夫だよ”と言ってあげたい」

Pick Up(特集)

error: コンテンツのコピーは禁止されています